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神戸地方裁判所尼崎支部 平成4年(ワ)741号 判決 1995年11月17日

原告

鹿島興産株式会社

右代表者代表取締役

山本幸男

原告

山本幸男

右原告両名訴訟代理人弁護士

西村文茂

村上公一

被告

星野恒徳

外四名

右被告五名訴訟代理人弁護士

井原紀昭

髙田勇

佐度磯松

主文

一  被告らは、株式会社ネオ・ダイキョー自動車学院に対し、連帯して金一億九一六四万五〇〇〇円及び内金一億円に対する被告星野恒徳、同太田博、同星野文子、同星野小夜子については平成四年一〇月一〇日から、被告植田光男については平成四年一〇月一一日から、内金九一六四万五〇〇〇円に対する平成六年九月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告らの負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告の請求

主文と同旨

第二  事案の概要

一  本件は、株式会社ネオ・ダイキョー自動車学院(以下「自動車学院」という)の株主である原告らが、同社の代表取締役又は取締役である被告らに対し、被告星野恒徳(同社の代表取締役)が、同社と株式会社ネオ・ディ(以下「ネオ・ディ」という)の双方を代表して、自動車学院がネオ・ディから、ネオ・ディ所有の別紙物件目録一記載の建物(以下「本件建物」という)及びその敷地である同目録二記載の土地(以下「本件土地」という)を購入したことが、取締役の利益相反行為(商法二六六条一項四号)及び法令・定款違反行為(同項五号)に該当し、自動車学院に損害を及ぼしたとして、商法二六六条一項四号及び五号に基づき、会社のため損害賠償を求めた株主代表訴訟(商法二六七条)の事案である。

二  争いがない事実(前提事実)

1  当事者

自動車学院は、昭和六〇年二月一三日設立された、発行済み株式数四六〇株の株式会社である。

原告鹿島興産株式会社(以下「原告鹿島興産」という)は、自動車学院設立時から引き続き、同社の株式一〇〇株を保有する株主、原告山本幸男は、同じく株式二〇株を保有する株主である。

被告星野恒徳は、自動車学院の代表取締役社長(同社の株式一二〇株を保有)であるとともに、自動車学院の株式六四株を保有する株主であるネオ・ディの代表取締役をも兼ねている。

被告太田博(以下「被告太田」という)は、自動車学院の取締役(同社の株式一〇株を保有)である。

被告星野文子は、被告星野恒徳の母親であり、自動車学院の取締役(同社の株式四〇株を保有)であるとともに、ネオ・ディの取締役でもある。

被告星野小夜子は、被告星野恒徳の妻であり、自動車学院の取締役(同社の株式四〇株を保有)である。

被告植田光男(以下「被告植田」という)は、自動車学院の取締役(同社の株式一六株を保有)であるとともに、ネオ・ディの取締役でもある。

なお、木谷政弘(取下前の相被告。以下「木谷」という)は、自動車学院の常務取締役(同社の株式六株を保有)であり、二宮千代美(以下「二宮」という)は、自動車学院の常任監査役(同社の株式四株を保有)であり、ネオ・ディの取締役でもある。

2  ネオ・ディとの不動産取引

被告星野恒徳は、平成三年九月六日付で、自動車学院及びネオ・ディの双方を代表し、自動車学院がネオ・ディから、本件土地及び本件建物(併せて「本件不動産」という)を、計五億九七四〇万円にて購入する旨の売買契約を締結した(以下「本件取引」という)。そして、同月一一日ころ、自動車学院は、代金の全部又は大部分を支払っている。

なお、自動車学院は、本件取引の購入代金支払いのため、金融機関(兵庫銀行の保証により千代田生命保険相互会社)から、借入時の金利年7.7パーセント(兵庫銀行の保証料は別)の約定で借り入れをした(以下「本件借入れ」という)。また、本件取引に先立つ同年四月一六日、ネオ・ディは、小松フォークリフト株式会社(以下「小松フォークリフト」という)との間で、ネオ・ディを貸主とし、小松フォークリフトを借主とする本件建物の賃貸借契約(以下「本件転貸借契約」という)を結んでいたので、自動車学院は、本件取引後の同年九月一一日、ネオ・ディとの間で、自動車学院を貸主とし、ネオ・ディを借主とする賃貸借契約(以下「本件原賃貸借契約」という)を締結した。本件原賃貸借契約に基づく自動車学院の賃料収入は、一か月一五〇万円である。

3  自動車学院の定款記載の事業目的

自動車学院の定款には、事業目的として、(1)自動車運転教習業、(2)学習塾の経営、(3)自動車の販売及び修理業、(4)損害保険代理業、(5)各種雑貨販売小売業、(6)前各号に付帯する一切の事業を掲げている。

4  取締役会決議

平成三年九月六日、自動車学院の取締役会が開催され、取締役会の決議により、本件取引が承認された(以下「本件決議」という)。本件決議に参加した取締役にして、議事録に異議を留めなかった者は、木谷のほか、被告星野文子、同星野小夜子、同植田である。なお、本件決議において、被告太田は、議長を務めていた。

5  自動車学院の訴え不提起

原告鹿島興産は、平成四年六月一七日、自動車学院に対し、商法二六七条に基づき、内容証明郵便にて、被告ら取締役の責任を追及する訴えを提起するよう請求し、右郵便は同月一八日に到達した。しかし、自動車学院は、右訴えを提起しない。

三  主要な争点

争点1―本件取引は、商法二六六条一項四号、五号に該当する違法な取引であるか(被告らの忠実義務・善管注意義務違反の有無を含む)

(原告の主張)

1 本件取引の購入価格の不当性

本件取引の代金額は、五億九七四〇万円であるが、本件不動産の価額は、本件取引当時でも、高くても四億〇五七五万五〇〇〇円であり、一億九一六四万円以上高額であって、その後の価格の下落も考慮すれば、三億円程度の損害となる。

しかも、年一八〇〇万円の賃料収入は、購入価格の三パーセントにすぎず、現実には、本件借入れの金利負担が重荷になり、資金繰りが困難になって、自動車学院の平成五年六月二四日の取締役会では、長期運転資金一億円と、本件借入れの返済条件の変更を申し入れる事態に陥っており、本件取引は、自動車学院の経営を圧迫するものである。

2 本件取引の目的の違法・不当性

ネオ・ディは、本件不動産の代金を借入資金の返済に充てている。当時、ネオ・ディは、バブル崩壊の影響等により、約二〇〇億円の借入金を抱え、経営的に苦しかったものであり、その窮状を打開するために、他に売却できなかった不採算物件である本件不動産を自動車学院に押し付けたものである。このような取引は、被告星野恒徳が両社の代表者を兼ねていなければあり得ない不当な取引である。

3 定款違反

当初から賃貸する目的で、借入れをして高額の不動産を購入した本件取引は、自動車学院の定款所定の事業目的に違反し、違法な行為である。

(被告らの反論)

1 本件取引の購入価格は、自動車学院とネオ・ディのいずれにも利害関係のない不動産鑑定士による鑑定評価額をもって定められたものであるとともに、平成三年当時、ネオ・ディが本件不動産を六億八〇〇〇万円で売りに出していたのに対し、六億五〇〇〇万円で買受希望者が存在したことなどにより、妥当かつ適正なものであった。

仮に、本件取引当時の本件不動産の客観的な価格が五億六五七五万円程度であったとしても、本件取引の価格との差額は三一六五万円程度(本件取引の価格の五パーセント程度)であるところ、この程度の誤差は許容されるべきであり、違法と評価すべきでない。

2 自動車学院は、平成元年から平成四年まで毎年の決算で一億円を超す利益を計上していた。そこで、自動車学院の取締役間で、平成元年ころより節税対策及び固定収入源の確保に有用なので、自動車学院において収益物件(賃貸用不動産)を購入することが検討されており、原告ら側もこれに反対していなかった。また、本件不動産が自動車学院の購入物件として決定されるまでには、ネオ・ディ所有の他の物件(芦屋市山手の物件)も候補として検討されたが、売却価格が高すぎるということで、取りやめになっている。

右のように、本件取引の目的は、節税・固定収入の確保という正当な目的であり、かつ、本件不動産を購入物件として決定するに際しては、自動車学院の売上・収益等を慎重に検討して決定されているので、被告らに違法・不当な目的がなかったことが明らかである。

3 一般に会社の権利能力は、定款に記載された目的の達成に必要又は有益な行為をも包含し、かつ客観的に以上の範囲に入る限り、主観的に入ることは不必要である。不動産賃貸業は、自動車学院の資産形成に寄与し、かつ長期間にわたり安定確実な固定収入をもたらすものであるから、自動車学院の目的達成に必要又は有益な行為といえる。

争点2―被告らに故意・過失は存在するか(その前提として、特に四号の責任要件として、過失が必要か)

(原告らの主張)

1 商法二六六条一項四号の責任は、無過失責任と解すべきであるから、被告らの過失の有無を問わず、取締役としての責任が是認されるべきものである。

2 前記争点1の原告らの主張2の本件取引の目的、経緯に照らすと、被告らに故意又は過失が存在することは明らかである。

(被告らの反論)

1 商法二六六条一項四号の責任は、過失責任と解し、取締役の利益相反についての認識を問題とすべきである。

2 被告らは、本件取引に際し、顧問税理士の助言に従い、専門家である不動産鑑定士が鑑定した評価額に何ら修正を加えずに、本件取引の購入価格を決定した。また、被告らは、本件取引により自動車学院に損失が発生しないように、ネオ・ディにおいて、自動車学院に対し一か年一八〇〇万円の家賃収入を保証させている。なお、本件取引がなされた平成三年九月当時は、不動産市場が非常に混乱していた時期であり、不動産業者ですら、その不動産の価格の予想が困難な時期であった。右のように、被告らは、取締役として最善の注意を払って行動しており、本件取引につき被告らに過失はない。

争点3―本件取引は、自動車学院に対し損害を及ぼすものであったか(損害額を含む)

(原告らの主張)

自動車学院は、前記争点1の原告らの主張1のとおり、本件取引の購入価格が不当に高額であった結果、少なくとも購入代金額(五億九七四〇万円)と評価額(四億〇五七五万五〇〇〇円、平成三年九月六日時点)との差額一億九一六四万五〇〇〇円の損害を被った。

(被告らの反論)

前記争点1の被告らの反論1のとおり、本件取引の購入価格は妥当かつ適正なものであったから、自動車学院に損害は発生していない。

また、仮に、本件取引当時の本件不動産の客観的な価格と本件取引の価格との差額が三一六五万円程度存在したとしても、この程度の誤差は許容されるべきであり、自動車学院に右差額程度の損害が発生したとはいえない。

争点4―特に、被告太田に対しても責任を問えるか(忠実義務ないし監視義務違反の有無を含む)

(原告らの主張)

取締役会の議長の職責は、議案について単に機械的に取締役の賛否を問うことにとどまるものではなく、取締役会において意見を述べることができるのは勿論のこと、議案の法的、経営的な問題点を検討整理し、採決に付するか否かの権限及び義務を有する。本件取引のように違法性の強い、会社に大きな損害を与える議案については、取締役会の議長は、十分な検討、議論を経て、その上で採決をしないで、議案を取り下げさせることができた。被告太田は、そのような適切な措置を全くとらず、漫然と本件決議をさせた点において、議案に賛成した他の取締役と同等以上の責任を負うものであって、取締役の忠実義務ないし監視義務に違反することは明らかである。

(被告らの反論)

1 被告太田は、本件決議に参加していないから、商法二六六条三項の推定規定の適用を受けないし、本件決議に賛成していないことは明らかである。

2 取締役会の議長は、議事の整理・進行をするだけで、実質的決定権を有しておらず、議長には最小限の司会者としての権限しかない。他方、取締役会における議案の提案権は、各取締役にある。そうすると、被告星野恒徳より自動車学院の取締役会に本件取引の承認議案が提案された以上、特別利害関係人である被告星野恒徳に替わって議長となった被告太田としては、右承認議案を取締役会にて採決に付する義務があるといえるから、被告太田が、右議案を採決に付したのは、何ら取締役としての忠実義務に違反しない。

3 被告太田は、いわゆる社外重役(非常勤取締役)で、自動車学院の経営には全く関与しておらず、右経営を巡る原告らと被告星野恒徳らとの対立については、終始中立的な立場をとってきていた。

そして、被告太田は、本件取引について、被告星野恒徳らから事前に相談・報告をされておらず、取締役会の数日前に送付されてきた取締役会開催通知書を見て初めて、賃貸収益不動産の購入の件が議題となることを知るとともに、取締役会の席上で初めて、右購入不動産が本件不動産であることやその購入金額を知った。

被告太田は、本件決議がなされる前の取締役会の席上で、本件取引につき反対者があるということを聞いて、慎重に審議するよう意見を述べるとともに、自分は中立の立場なので、本件取引につき賛否の議決には加わらない旨言明した。

また、右取締役会には、本件取引の購入価格が適正なものであることを証する資料として、鑑定書が提出されていたところ、右鑑定書の作成に全く関与していない社外重役である被告太田が、専門家たる不動産鑑定士が作成した鑑定評価額を信頼して、購入価格を妥当なものと考えたのは相当であり、この点につき被告太田に過失はない。

従って、被告太田には、取締役としての監視義務違反も存在しない。

争点5―本件訴訟の提起が信義則に違反するといえるか

(被告らの主張)

被告らは、本件決議がなされた取締役会を開催するについて、原告らに本件不動産の購入を議題とすることを明記した開催の通知書を送付し、かつ、原告らには、特に強く出席を求めている。ところが、原告らは、右取締役会に出席しなかったにも拘わらず、後日になって本件取引に異議を唱え、本件訴訟を提起したものであって、このような態度は、信義則に違反する。

第三  主要な争点に対する判断

一  認定事実(一)―本件取引の経緯

前記第二の二の争いがない事実に加えて、証拠(甲六(一部)、一二、一八ないし二九、三七、三八、乙一、乙二の一ないし三、乙八及び乙九の各一ないし八、丙一ないし三、証人山本広志、取下前の相被告木谷、被告星野恒徳・同太田各本人(各一部))及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

1  自動車学院(昭和六〇年二月一三月設立)は、平成元年(昭和六三年一二月一日から平成元年一一月三〇日)が約二億一〇〇〇万円、平成二年(平成元年一二月一日から平成二年一一月三〇日)及び平成三年(平成二年一二月一日から平成三年一一月三〇日)がいずれも約一億五〇〇〇万円の各当期営業利益を上げており、平成三年当時は、設立当初抱えていた一一億円近い負債も、五年間で半分近くに減らす状態であった。

他方、ネオ・ディは、不動産売買・賃貸、特にワンルームマンションの建売りを主たる業務とする不動産会社であるところ、平成二年(平成元年一一月二一日から平成二年一一月二〇日)が約五八〇〇万円、平成三年上期(平成二年一一月二一日から平成三年三月三一日)が約一三〇〇万円、平成三年下期から平成四年上期にかけて(平成三年四月一日から平成四年三月三一日)が約三七〇〇万円の各税引前当期利益を上げており、一応表面的には黒字であった。しかし、折からのいわゆるバブル経済の崩壊により不動産市況が悪化し、所有物件が売却できず、たとえば、右平成三年下期から平成四年上期でみると、営業収益が約六六億円(うち不動産売上高が約六〇億円)であるのに対し、流動資産として販売用不動産約五〇億円、仕掛販売用不動産約七五億円の合計約一二五億円を抱えており、しかも、借入金だけでも、短期借入金約五四億円、一年内返済予定長期借入金約九七億円、長期借入金約九四億円の合計約二四五億円の債務を負っている状態で、経営内容は芳しくなく、資金繰りが苦しい状況に陥っていた。そして、被告星野恒徳は、一般的にも、平成二年ころには、国土法の改正や金融機関の不動産向け融資の総量規制等、地価抑制施策が実施され、バブルが平成二年後半には崩壊し、遅くとも平成三年に入ってからは地価の下落傾向が顕著に現れ始め、不動産関連会社の倒産が徐々に出て来ていた情勢を十分認識していた。

2  このような状況下で、自動車学院とネオ・ディの双方の代表取締役を兼ねる被告星野恒徳は、平成三年六月から七月にかけて、自動車学院の監査役でネオ・ディの経理部長を兼務している二宮経理部長を通して、自動車学院の当時の実務担当取締役の木谷に対し、まず、同社所有物件のうち、売値約一一億円の神戸市東灘区内のマンションを自動車学院の方で購入して欲しい旨の申入れをなし、次いで、売値約八億五〇〇〇万円の西宮市甲子園の店舗付マンションの購入を依頼した。これに対し、木谷は、自動車学院の財務状態からしてこのような高額の不動産は購入できないとして、断った。

そこで、被告星野恒徳は、最初は二宮を通じて、次いで自らもたびたび電話を掛けて、木谷に対し、当時小松フォークリフトに地上部分を一括賃貸中であった神戸市垂水区内にあるワンルーム賃貸マンションとその敷地で、当時の売出価格が六億八〇〇〇万円であった本件不動産を購入して欲しい旨申し入れた。しかし、木谷は、そのたびに、自動車学院の社員の社宅としては場所柄遠すぎて不適当であるし、本件不動産購入のための新たな借入れにより債務を抱えるとなると、やはり自動車学院にとって負担が大きすぎ、経営を圧迫するなどの理由を告げて、断った。また、木谷は、妥協案として、当時自動車学院がネオ・ディから賃料月額二〇〇万円(年間で二四〇〇万円)で賃借していた約二〇〇〇坪の借地のうち、自動車学院の経営を圧迫しないと自分で判断した三億円までに見合う面積の土地を買い上げることを、二宮を通じて被告星野恒徳に提案したが、被告星野恒徳は、右土地は手放さず、依然として本件不動産の購入をするよう再三にわたって強く木谷に要請した。被告星野恒徳は、木谷が再考を求めると、二宮を通して、資金繰りについては自動車学院に一切迷惑をかけず、銀行を通じて転売を働きかけるので、一年間程度自動車学院において所有して欲しい旨懇請し、ネオ・ディの常務取締役を兼ねる被告植田も、電話で木谷を説得した。その際、被告星野恒徳をはじめ、被告植田、二宮は、木谷に対し「本社がしんどい」、「一棟売りに出しているが、なかなか売れない」、「買い手はあったが、値段が折り合わなかった」(実際、本件不動産は平成元年夏ころからネオ・ディが売りに出していたが、未だ買い手が付いていなかった)などと、ネオ・ディの窮状を訴えていた。

更に、被告星野恒徳は、平成三年七月三〇日ころには、被告植田及び被告太田も同伴で木谷を誘い、四名でゴルフに出掛け、ゴルフ場でも、自ら木谷に対し、自動車学院は、その親会社であるネオ・ディの危機に対し、子会社として当然協力すべきであるなどと説諭した。

その後、木谷は、同年八月九日付で被告星野恒徳宛の書面にて、「現在の自動車学院の経理状況、営業実績、今後の見通し等を勘案すれば、なお六億円近い借入金が残存している上に更に六億円近い借入れをして、年間総売上高の二倍近い負債を抱えることは異常に近い状態である」、「純粋に当社の体力を考えた場合、取引の相手方が全く当社と無関係であれば、購入の可否については検討の余地すらない状態である」として、具体的理由を付して、本件不動産の購入に反対する意見を具申した。しかし、結局、被告星野恒徳は、右意見を聞き入れず、本件不動産購入の承認のための取締役会を開く意向を示した。そこで、木谷は、原告らに事情を説明し了解を得ておくべく、原告山本幸男と八月二七日に会談する約束が整っていたが、当日、同原告が緊急入院したため、実現せず延期された。

そのような中で、被告星野恒徳は、ネオ・ディの銀行関係の決済や、返済の必要等の事情により、至急九月六日に取締役会を開催することを決定した。そして、木谷が八月三〇日に、議案の一つとして、「賃貸収益物件の購入について」と明記し、取締役に諮りたい重要案件がある旨記載した取締役会招集通知を各取締役宛に発送し、特に、原告山本幸男の長男山本広志(原告鹿島興産の専務取締役)に対しては木谷の裁量で、原告山本幸男が出席不可能の場合には、議案の内容上、山本広志に代理に出席して貰いたい旨書き添えた。これを受けた山本広志は、右取締役会に代理出席する予定でいたが、結局、当日の朝、火急の用事ができて出席できない旨ファックスで知らせて欠席することになった。

3  平成三年九月六日、自動車学院の取締役総数九名のうち、被告星野恒徳、木谷、被告太田、同星野文子、同星野小夜子、同植田と監査役の二宮が出席して、取締役会が開催され、本件不動産購入の件が審議された。自動車学院の取締役間においては、利益が順調に上がっていた平成二年から平成三年にかけて、節税や含み資産の形成のため、社宅も兼ねて、不動産を保有しようという声が上がっていたところ、被告星野恒徳は、冒頭、本件取引の趣旨につき右気運に沿うかのように、「将来の経営基盤の安定のため、固定収入源の確保及び含み資産の拡大を目的とした賃貸収益物件の購入実施」と説明した。

一方、当初木谷は、自動車学院の経済事情等を説明して、一応反対意見を述べたが、誰もこれに賛同する者はおらず、逆に被告星野恒徳から説得され、同星野文子、同星野小夜子からも口添えをされた結果、結局は迎合・妥協して「自動車学院の資金能力としては、最高額六億円以内で抑えるべきであり、物件としては、資産価値が高く、利回りにおいても年率三パーセント以上を確保できること、標準市価よりも割安であるなどの条件が整わないと、投資するメリットがない」旨、本件取引に沿いこれを支持するような条件を敢えて発言した。そして、概略説明の後、本件取引が利益相反行為にあたることから、従来から中立的な立場にあった被告太田が、全員一致で議長を務めることになった。それから木谷は更に、売買価格について双方に利害関係のない公認鑑定士によることや、本件建物に空室が発生した場合でも、賃料収入年間一八〇〇万円を保証することを、本件取引の特約(前提)とするよう意見を述べた。なお、被告星野恒徳は、右取締役会の席上に資料として、ネオ・ディが平成三年四月一日を価格時点として鑑定依頼をしたのを受けて、不動産鑑定士蔭山博が同月一五日に実施した鑑定評価に基づいて作成した鑑定書を、出席取締役に縦覧に供していた。しかし、出席取締役らは、右鑑定書の内容を吟味したり、本件取引の価格自体の妥当性について議論をしたりすることは、全くしなかった。

このような過程を経て、被告太田が、被告星野恒徳を除外して、本件取引の承認を諮ったところ、残る取締役全員、即ち被告星野文子、同星野小夜子、同植田と木谷が賛成し、本件取引の承認決議(本件決議)がなされた。

4  本件決議に基づき、自動車学院とネオ・ディとの間で、購入価格を前記鑑定書どおりの五億九七四〇万円として、本件取引が成立するとともに、自動車学院は、ネオ・ディの取引銀行である兵庫銀行の保証の下、千代田生命保険相互会社から六億円を、期限二〇年、当初の年利率7.7パーセント、元利金(元金は最終回を除き三〇〇〇万円ずつ)を毎年八月二〇日に分割払いするとの約定で借り入れ(本件借入れ)、平成三年九月一一日に、そのうち五億三七四〇万円をネオ・ディに支払い、残額についてはしばらくネオ・ディの未収金とされていたが、最終的には決済された。また、本件不動産については、自動車学院がネオ・ディに対し、一棟ごと月額賃料一五〇万円(年間一八〇〇万円)で賃貸する旨の賃貸借契約(本件原賃貸借契約)が締結された。

平成四年(平成三年一二月一日から平成四年一一月三〇日)、自動車学院は営業利益は一億〇七〇〇万円程度(なお税引前当期利益は七四〇〇万円程度)上げていたものの、売上高が約六億六〇〇〇万円であるのに対し、本件借入れを含めた負債合計を約一二億六〇〇〇万円抱えることになった。更に、平成五年(平成四年一二月一日から平成五年五月三一日)には、営業利益は九四〇〇万円程度は上がったものの、入学生の大幅な減少に伴い売上高が減少し、財務の健全化を図るため、長期運転資金一億円程度の新規借入れと、本件借入れの返済条件につき、年四回合計一五〇〇万円の元金返済への変更とを依頼せざるを得ない状況になっていた。

なお、本件不動産は、現在も転売されないまま、自動車学院が保有している。

以上のとおり認められ、証拠(甲六、被告星野恒徳・同太田各本人)中、右認定に反する部分は採用できない。

二  認定事実(二)―本件不動産の価格

1  ところで、証拠(鑑定の結果、証人阿部知己)によれば、不動産鑑定士の鑑定人阿部知己は、平成三年九月六日時点(以下「価格時点」という)における本件不動産の正常価格を求めるため、まず、原価法、収益還元法の二方法により、それぞれ四億二七一一万〇八四二円(積算価額)、二億五八三九万八五三三円(収益価額)と試算価額を求めたこと、右両試算価額の間に存する相当の開差につき、収益不動産の場合には、本来的には収益価額を尊重すべきであるとしながら、本件では、通常の賃貸借であれば授受がある一時金が存在しないことや、本件建物が賃貸用としてはグレードが良好であり、この点が賃貸収益に十分反映され難いこと(なお、実際問題として、阿部鑑定人は、未だ平成三年当時は、取引利回り(実際の収益性)が非常に下がっており、かなり収益性と現実の取引価格とが乖離していたことを重視している)に鑑みると、収益価額に重点を置くことは妥当ではないとして、積算価額を重視するようにしたこと、但し、「費用性」に着目して求められた積算価額は、土地の値上り期待益を内存し先走りしがちであることや、借家人が居付の状態であることの市場性の減価を反映していないことを慮り、借家人が居付であることによる市場性減価を積算価格の五パーセント程度とみて、右相当額二一三五万五五四二円を積算価額から控除して、本件不動産の鑑定評価額を四億〇五七五万五〇〇〇円と算定したことが認められる。そして、阿部鑑定人が、右価格算定に用いた基礎数値、価格算定方法(積算価額を基本とした点、借家人の居付による市場性減価を考慮した点等も含む)及びその算定結果は、概ね合理的で妥当なものと認めることができる。なお、証拠(甲一〇)によれば、不動産鑑定士上田節夫も、価格時点における本件不動産の正常価格を求めるため、まず、原価法、収益還元法の二方法により、それぞれ四億一四九三万九〇〇〇円(積算価額)、二億三三七六万六〇〇〇円(収益価額)と試算価額を求め、右両試算価額の開差は、バブル崩壊過程によるギャップと考え、積算価額を基準にすることとし、なお、本件が転貸による利回り保証の形をとっている点につき、空室のリスクがなく、一概にマイナス要因とはいえないが、収益価額が低い場合は考慮する必要があるとして、やはり借家権相当価額九三九万円(本件転貸借契約の保証金の半額と、未賃貸の店舗部分保証金算定額の半額との和)を控除し、本件不動産の鑑定評価額を四億〇五五四万九〇〇〇円と算定していることが、認められる。右上田鑑定の基礎数値、鑑定手法及びその算定結果も、概ね合理的で首肯し得るものであると認める。

2  一方、不動産鑑定士蔭山博は、本件不動産を「貸家及びその敷地」として価格時点における本件不動産の価格を収益還元法により求めることにし、平成二年から三年の収益物件の売り希望実例(二二例)を集め、そのうち平成元年以降の建築物件(一七例)の、年収の売買価格(売り希望価格)に対する比率(いわゆる粗利回り)の平均値を求める(2.17パーセント)とともに、賃貸事例に基づき本件不動産の賃料を一平方メートルあたり一八〇〇円と補正し、右補正後の年収を前記平均粗利回りで除して還元し、本件不動産の収益価格を五億六五七五万〇七八三円と算定したことが認められる。しかし、右蔭山鑑定には、粗利回り法は、あくまで不動産業者が販売価格設定の目安として用いる手法であって、正式な鑑定手法として採用されているものではない点がまず指摘されるべきであり、また、この点を措いても、粗利回り法の基本は、実際の粗収入を売買価格で除して求められるものであるところ、右鑑定では、実際の売買価格よりは高いと推認される、「売り希望価格」による指数であること、しかも、価格時点は、バブル崩壊開始から既に一年を経過した時点であるのに、「売り希望価格」の時点は、平成二年から平成三年にかけてのバブル絶頂期に近い時期の価格を何ら時点修正を加えることもなく用いていること、また、粗利回り法は、売買価格と粗収入との関係が比較的安定している場合は有効であるけれども、バブルないしその崩壊時期で、市場が異常であって、両者の関係が不安定のときは、粗利回りの平均値を求めてみても、有意義とはいえない(なお、証拠(阿部鑑定及び証人阿部)によれば、価格時点における「純利益」の利回りの経験値が三パーセント程度であるから、粗利回りの経験値は、これより相当上回る筈であり、蔭山鑑定の粗利回りの平均値は、実際上低きに失する難点がある)こと、更に、借家権価格の控除を全く考慮していないこと等、多くの問題点があることが認められ(甲四〇、証人阿部参照)、このように問題点が多々ある手法により求められた鑑定結果は、容易に採用し難いといわざるをえない。

3  したがって、価格時点における本件不動産の客観的評価額は、前記1で概ね合理的と認めた阿部鑑定と上田鑑定のうち、高い方の四億〇五七五万五〇〇〇円程度であったものと認めるのが相当である。

なお、証拠(甲一〇、鑑定の結果)によれば、平成五年二月ないし三月時点において、本件不動産の客観的価格は、三億三〇〇〇万円ないし、三億五〇〇〇万円程度に下落していたことが認められる。

三  争点1、2(被告太田を除く被告らの責任)について

前記一、二の認定事実によれば、本件取引は、要するに、専ら、いわゆるバブル崩壊期にあって、不動産市況の悪化の影響を受けて、営業収益の倍近くの売れ残りの販売用賃貸不動産(それ自体としては収益物件)と、更に、その倍近くの多額の負債を抱えて、専ら経営が苦しくなったネオ・ディの資金繰りを緊急に捻出するため、ネオ・ディの代表取締役社長である被告星野恒徳が中心となり、関連会社である自動車学院の代表取締役社長の地位を兼ねることを利用して、自己の身内ないしネオ・ディの取締役の被告星野文子、同星野小夜子及び被告植田と意思相通じ、ほしいままに売れ残っていた販売用不動産の一つである本件不動産を、価格時点の客観的正常価格より約三二パーセント高い不当な購入価格で購入したものであること、その結果、自動車学院は、本件借入れにより売上高の二倍もの借入れを抱えることになり、購入価格に対する年三パーセントの賃料(収益)保証がネオ・ディによりなされていることを考慮しても、右収益の率を倍以上上回る本件借入れ(年率7.7パーセント)を余儀なくされ、その元利返済が経営の足を引っ張る一因になったことが認められ、本件取引は、その目的と取引価格の不当性において、商法二六六条一項四号の利益相反行為に該当することは明らかである。

そして、被告星野恒徳は、不動産業者たるネオ・ディの社長として、当時既にバブルが崩壊し、不動産価格が下落傾向にあった中で、本件不動産が売れ残っていたという状況は十分認識していたものであるから、本件決議の資料に供された当時の蔭山鑑定の存在にも拘わらず、実際の市場では、本件不動産が右評価額どおりの金額では売却困難で、実際の取引価格はもっと低いことが分かっており、或いは少なくとも容易に知り得た筈であり、また、自動車学院の利益を慮る意思があれば、わずかの注意により、右蔭山鑑定が価格時点より六か月以前の時点の評価額であるので、修正を施すこともできた筈であることに鑑みると、被告星野恒徳は、本件取引の購入価格が不当に高額であることにつき、故意または過失があったというべきであり、同被告に終始同調した被告星野文子、、同星野小夜子及び被告植田も同様というべきである。

そうすると、仮に、商法二六六条一項四号につき、過失責任を定めたものとの解釈をとったとしても、被告太田を除く被告らには、本件取引が利益相反取引であることにつき、故意又は過失があったことが認められるから、右被告らは、本件取引により自動車学院が被った損害を賠償する義務があるといわなければならない。

四  争点2(損害額)について

前記二の認定事実と検討結果によれば、自動車学院は、本件取引により、少なくとも購入価格と価格時点における客観的な正常価格との差額の損害を被った(他に現在までの価格下落による損害や、収益保証の率を上回る本件借入れの利率による利息負担等の損害も考えられる)ことが認められる。そうすると、自動車学院に対し、被告太田を除く被告らに賠償させるべき損害額は、少なくとも購入価格五億九七四〇万円と阿部鑑定の価格時点における評価額四億〇五七五万五〇〇〇円の差額一億九一六四万五〇〇〇円となる。

五  争点4(被告太田の責任)について

1  前記一の認定事実に加えて、更に、前記一冒頭掲記の証拠及び弁論の全趣旨を総合すると、被告太田に関する事実として、以下の事実が認められる。

被告太田は、測量土木設計業を営む株式会社関西技術コンサルタントの代表取締役であるところ、被告星野恒徳とは、同被告がネオ・ディの前身会社の社長をしていた昭和五一年ころ、友人の紹介で知り合っていらいの知己であり、同被告の商売拡大の希望を聞いて、自動車学校の経営を勧め、知人を通じて原告山本幸男を紹介し、自動車学院を設立させたという間柄である。被告太田は、自動車学院の設立時から、被告星野恒徳に請われて、同社の株式一〇株を引き受けて株主になるとともに、取締役に就任した。そして、被告太田は、非常勤取締役で、自動車学院の実務に直接的には一切関与していなかったものの、月額七万円(平成三年当時)の役員報酬を支給されており、定例の取締役会(毎年株主総会の直前に開催)や株主総会にはほとんど出席して、意見も述べてきていた。原告ら側と被告星野恒徳側には、昭和六三年ころから自動車学院の経営を巡って対立が生じていたところ、被告太田は、片方に与することなく、自他ともに中立的な立場を保つことをもって自任し、自動車学院の経営を巡っては、常に中立的な態度で臨んできていた。

被告星野恒徳は、木谷や被告植田はもとより、被告太田にも事前に、自動車学院がネオ・ディから賃貸不動産を購入したいという意向を耳に入れていた。そして、被告太田は、前記一2のとおり、被告星野恒徳が木谷をゴルフに誘って、説得したゴルフ場にも同伴していたが、どちらにも格別口出しはしていなかった。但し、被告太田は、購入物件が本件不動産であることや、購入価格がどの程度かについて詳細に知らされていた訳ではなく、本件取引の詳細を知ったのは、取締役会の席上が初めてであった。

被告太田は、取締役会の中で、当日欠席していた原告山本幸男が、本件取引につき「定款違反に該当する」との理由で異議を申し立ててきていることを聞き、「慎重に審議した方がいいのではないか」という趣旨の発言をし、右「定款違反」の問題については、被告星野恒徳に質し、顧問弁護士から問題ない旨助言されたことを確認した。なお、被告太田は、購入価格については、不動産の素人であり、縦覧された鑑定書が付いているので、格別問題があるとは思わなかった。

そして、被告太田は、本件取引を成立させようとする被告星野恒徳側に対し、当初反対意見を一応述べた木谷や、欠席しながら反対意見を持っているらしい原告ら側が存在するという状況を認識しながら、少なくとも表面的には、あくまで自己は、本件取引に関して「中立的な立場」にあって、「賛成も反対もしない」ことを言明し、皆の依頼に応じて、議長に就いた。その上で、被告太田は、引き続き木谷から本件取引成立に向けて、用意された前提条件等の説明を続けさせて議事を進行し、最終的に採決に持ち込み、本件決議がなされるのを見届けた。その間、被告太田は、本件取引の件を当日その場で本件決議に持ち込むことを躊躇することもなく、自ら、実質的な利益相反等の問題点につき指摘したり、格別掘り下げて審議させたりすることもなかった。

以上のとおり認められ、証拠(被告星野恒徳・同太田各本人)中、右認定に反する部分は採用できない。

2  ところで、前記一及び右1の認定事実によれば、被告太田は、本件決議に際しては議長を務めていて、本件決議の採決には参加しておらず、また、本件決議に先立ち、賛成も反対もしないという「中立の立場」を表明していたものであるから、被告太田は、商法二六六条二項(決議賛成)、三項(決議賛成の推定規定)には該当せず、結局同条一項四号の利益相反取引をした者としての責任は問い得ないというべきである。

3  しかしながら、更に、前記一及び右1の認定事実によれば、被告太田は、いわゆる非常勤社外重役とはいえ、その割合は少ないながら、自動車学院の株主であり、しかも毎月一定額の役員報酬を貰っていて、定例の取締役会には常時出席し、意見を述べて来ており、その中立的立場からして、むしろ忌憚のない客観的意見を述べ得る立場にあって、実質的にも、取締役の忠実義務ないし監視義務を果すことが期待できる取締役の一人であったことが認められる。加えて、被告太田は、本件取引については、その購入価格等の細かい点はともかく、被告星野恒徳から事前にその概略を知らされており、取締役会でも、最初木谷が自動車学院の経済事情等の理由を付して反対意見を一応述べていたのであるから、本件取引の真の目的や、本件取引を巡るネオ・ディと自動車学院の利害対立状況は、ひととおり認識していたものとみざるを得ない。そうであれば、被告太田は、取締役たる議長として、議事を進めるにあたっては、単に形式的に「慎重に審議するように」と告げるだけでは、到底前記監視義務を尽くしたことにはならず、たとえば、本件取引の目的が、ネオ・ディの利益偏重に失していて妥当でない旨率直な意見を述べたり、本件取引が重要案件であって、被告星野恒徳の身内ではない者の中に、現に反対者がおり、その当人らが欠席していることから、更にその者らの出席を得て意見を聴取し、審議を尽くさせるように配慮したりするなど、本件決議により本件取引が承認されることを阻止することができる立場にありながら、これを怠ったものといわざるを得ない。なお、本件不動産の価格に関しては、確かに被告太田は専門家ではないけれども、自らも会社経営者で当時の一般的な経済市況を知り得る地位にある者として、少し注意を払えば、たとえば、蔭山鑑定の評価時点と価格時点とのずれを指摘したり、鑑定書の宛先がネオ・ディとなっており、鑑定依頼をしたのが専らネオ・ディであることを指摘したりすることにより、注意を喚起したりすることもできたというべきである。そして、「中立」といいながら、実質的には、被告星野恒徳の思いどおりに本件取引の根回しや、取締役会の議事が前向きに進行するのを終始黙認し、本件決議を成立させ、本件取引実行へと導いた被告太田の法的責任は、決して軽視することはできない。

従って、被告太田は、過失によって、取締役会に上程された利益相反行為たる本件取引に関する監視義務に違反したものと認められるから商法二六六条一項五号により、その余の被告らと連帯して、自動車学院に対し、前記四の損害を賠償する義務があるといわざるを得ない。

六  争点5(信義則違反の主張)について

本件決議のための取締役会開催の時期(被告星野恒徳が緊急に一方的に決定)、被告らがとった取締役会招集通知手続及びその内容(「重要案件」とは記載されたものの、本件取引の目的や内容は具体的に示されていなかったこと)、当時の原告山本幸男の健康状態(緊急入院中)、同原告の長男山本広志が代理出席できなかった理由(火急の用事。なお、同人は原告鹿島興産の専務取締役の役職にある)等に鑑みると、原告らが右取締役会に欠席したのは、やむを得ないことと認めることができ、原告らが右取締役会に欠席しながら、本件訴訟を提起したことが信義則に違反するとはいえない。

従って、被告らの信義則違反の主張は、採用することはできない。

七  むすび

以上の次第で原告らの請求は、いずれも認容されるべきである。

(裁判官徳岡由美子)

別紙物件目録<省略>

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